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こどもの日はミイラ取り(2/完)

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 結局、ミイラたちの中にはそれなりの腕を持った人の日本画が1点あっただけで、それも値段が付くようなものではない。後は誰が描いたのかもわからないような素人画に類するものだった。ただ、その中に、曾祖父の父母(自分からみて4世代前の高祖父母)の肖像画があって、記録だけでしか知らなかった高祖父母の面影に接することができたのが嬉しかった。

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 高祖父の履歴。添書を晩年の曾祖父が記しているのが興味深い。天保9年生まれで、祖父の生まれた2年後の明治40年に没している。孫の顔は見たのだろうか。旧暦と新暦にまたがっていることもあるが、生年の月日については昔の人は無頓着だったのだろうか。また、曾祖母方の父については仙人みたいな写真があったのに、何故に肖像画なのか。いろいろとあったのだろう。

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 こちらが高祖母の履歴。同じく添書は曾祖父の手による。雑司ヶ谷のお墓に「きう」祖母さんの骨壷があるのを見たが(だが、高祖父のものはない)、こうしてお目にかかるのは初めて。高祖父より1歳年上の姉さん女房。

 きうさんの兄に当たる水野忠鼎というのは、調べたところ苗木藩最後の少参事。末席家老といったところだろうか。

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 苗木城跡は、平成の頭に一人で、ニッキとも2回訪れているけど、往時はこんな感じの山城だったようだ。質実でかっけー。宮崎駿さんの描いた絵みたい。へゞれけになって城内の見回りなんかしたら木曽川に真っ逆さまに滑落しそう。大月の岩殿城にも似ているような。向こうに見えるのは恵那山だね。昔の人も優しい山容に癒されたのだろうね。

 眞對祖父さま、重臣の妹を貰ったは良いが、苗木藩は城だけは立派な名だたる超貧乏藩。殿様も、家臣も皆借金漬け。そしてすぐにご一新。多大な苦労をされたことだろうね。

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 「なんでも鑑定団」に出せるようなお宝は出てこなかったけど、高祖父母に会えただけでも良しといたそう。次回、軸、巻物編で少しはええもん出てきますように。

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 「ミイラ」たちが掻き消えたことが今回一番のご褒美かも。カインズで買ってきたメタルラックを組んで、皮剥き作業を負えた額を収める。あー、スッキリした! 室内の美化作業も年内に着手したい。壁紙はここから貼っていこう。オリジナルの雰囲気を残すような無地のものがよいな。

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 車で来たので例のごとく貴族の森へ。もう抹茶パフェもデフォルトだ。次は派手派手ないちごパフェにチャレンジしてみようかな。

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 大岳が眩しいぜ。次回は今回の作業出たガラスや窓枠?など大型ゴミを捨てに軽トラで来なくっちゃだな。捨てて捨てて捨てまくるぞ!

 帰りもそれほど混んでなくて良かった。遠くには行けなかったけど昔には行くことができた、かな?

 おしまい

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※パピヨンちゃんの里親さん募集します

 健康で毛吹きも良い甘えん坊の6歳の女の子です。カラーは黒と白。家族同様に迎え入れてくれる方を探しています。里親さんになっても良いよという方は、コメントでお知らせください。お待ち致しております。

※捜索のお願い

 サモエドのファーギーちゃんが行方不明です。埼玉近郊にお住まいの方、どうか捜索にご協力をお願いいたします。soon 詳しくはサモサモ日記へ。

※「城とにっき&はっか総覧」の記事 2016年10月16日更新分 は → ここ をクリックしてください。

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しごとにっき」カテゴリの記事

コメント

これみつさんの体には、美濃の国の血が受け継がれているんですねぇ。
苗木城、城跡まではまだ行ったことがないのですが、下を流れる木曽川沿いは毎週仕事で通ります。
あの豊かな流れと渓谷を堀に利用したような自然要塞ですよね。

実は私自身、岐阜県とは無関係と思っていましたが、祖母の部屋を片付けた際に出てきた祖母の古い手書きの戸籍から、曽祖父母が岐阜の坂祝の出だったと初めて知りました。
そういったものが時々出てきて、ゴミ部屋の片付けもちょっとだけ良い事もあるなんて思ったものでした。
そうそう、「ゆるりんちゃんへ」と書いたお年玉袋も出てきて、中に伊藤博文の千円札が入ってました。数十年越しの祖母からのお小遣いでした(笑)

投稿: ゆるりん | 2017年5月 9日 (火) 00時31分

>ゆるりんさん

お年玉袋、じんと来ますね。こちらの「寸志」はすっからかんでした(笑)

ゆるりんさんの所からだと坂祝だとすぐに行けますね。少しずつ引き付けられているのかもしれませんね。昨日は大型ごみを地区のセンターまで持っていきましたが、きちんと暮らすことがごみを出さない秘訣だなとつくづく考えました。片付けも終盤に差し掛かったかなと思っています。後は室内の美化をしながら昭和の思い出をしっかり残せるようにしていきたいと思っています。

ゆるりんさんも一度苗木城跡に足を運んでみてください。あそこでお弁当食べたら美味しいと思います。

投稿: これみつ | 2017年5月 9日 (火) 09時29分

とてもいい家柄だったんですね。
肖像画を残すなんて、良家でなくては考えられないですもん。
子孫のために残した肖像画だっただろうと思うので、
とても喜んでいるんじゃないでしょうか?!
ルーツを知ることができること、
ましてやこんな風にご先祖様が望んだことを叶えることができること、
本当に、そこに意思を感じますね~。

「なんでも鑑定団」に出られるようなものがでてきますよう~に。
楽しみにしてます!!笑

投稿: マチコ | 2017年5月11日 (木) 00時00分

>マチコさん

曽祖父は岐阜にいても食べていけないから東京に出てきたという感じで決して家柄が良いわけではないのですが、ひたむきに努力する姿勢と素朴な人柄が愛されて、多くの人に引き立ててもらったようです。もともと酒と甘味をたしなむくらいで華美な生活には淡白だったので、それなりに事業が成功して、父母への報恩として肖像画を描かせたのかもしれません。

肖像画の梱包を解いて再び日の目を見て貰ったことで、マチコさんがおっしゃるように少しは良いことができたかなと思っています。ありがとうございます。高祖父たちも岐阜の在所で立ち耳、巻き尾の犬を飼っていたかもしれないな、などと想像すると楽しいですね。

「なんでも鑑定団」に出せるような物はどうもなさそうですが、それはそれでさっぱりしていて気楽です。

投稿: これみつ | 2017年5月11日 (木) 09時26分

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