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毛呂山消耗記 資料編(4/完)

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 曽祖父に縁ある物のために専用のプラケースを割り当てた。昭和12年の手帳巻末の「年齢早見表」。今であれば明治どころか大正まで記載すれば十分だけど、なんと当たり前のように「天保」から載っている。考えてみれば、曽祖父の実母(継母となる高祖父の後妻はなんと曽祖父より若い・・・)はまさに天保生まれ。戦前の社会を生きた人たちにとって江戸は遥か昔の時代などではなかったわけだ。ある意味現代人よりも目まぐるしく変転する日々を生きてきたのかもしれない。

 じきに平成も終わる。元号が変わることを予測・公言できる時代はもしかすると日本の史上初かもしれないね。いずれ「昭和100年記念セール」なんていう言葉をどこか(AとかRとかYとか)で聞くんだろうな。

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 比較的綺麗な印刷面を見ると、当時の祝祭日との違いに気づかない。これ、ほとんどが皇室行事じゃないか。

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 目を通していて愉快になったり感銘したりする資料や文書だけでなく、曽祖父の晩年の病状や投薬の記録、没後に学校の経営が思わしくなくなる時代の大叔母たちの綴る不安で弱気な日記、痛烈な誹謗中傷の書かれた手紙、大叔母が練馬に住んでいた時代の隣人の執拗な嫌がらせ(偏屈なところのあった大叔母たちの性格を考えると相手だけが悪いわけではないと思う・・・)とそれに対する告訴状などもあって、読んでいるだけで精神的に結構疲れてしまった。言葉を発した人は泉下にあっても、言葉自体はこうやって刺々しく命を持って生き続けるんだな。

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 まあいろいろあったわけだけど、粟粒一炊の夢。廃仏毀釈の吹き荒れた岐阜県東白川村の貧家から身一つで上京し立身を遂げた曽祖父だからこそ負える荷であったということで良いんじゃないか。ゾンビ化した学校が中途半端な形で残っていたら、内外の魑魅魍魎たち相手にどう立ち回ったら良かったのか、精神的に耐えられたかどうか。恨みと不満に取り付かれた亡霊のようになって熟睡することもできず、犬や猫たちと平和に暮らすこともできなかったに違いない。

 不出来な子孫ながら、いや不出来だからこそ、様々な柵から解き放たれて曽祖父の夢の跡を辿り、その残映の幕を引く現実もまた幸せな決着の一つかもしれない。憚ることなく、これもまた立派な供養なのではないかと思う。

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 Amazonの「欲しい物リスト」や楽天の「お気に入り」が空っぽになることはないし、ミニマリストに憧れているわけじゃないけど、自分以外で持つべき荷物を抱え過ぎると見えている物までが見えなくなるような気がする。100年とて束の間。自分の時間を見失うことにもなりかねない。愛犬、愛猫、免許証とマイナンバーカード、パソコンと暗証番号、自動車1台とトランク2つ・・・それくらいにまとまるのが理想だけど。

 次回作業はゴールデンウィークの1日、母の応援を得て、おどろおどろしく新聞紙に包まれた絵や軸たちを恐ろしく長い眠りから呼び覚ます。ついでに変な物まで甦りませんように(祖父が生前話してくれたところによると先祖に「キツネ憑き」がいたそうだ。どんな時代だ。自分も犬憑きかもしれんけど)。

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 帰り支度。とっぷり暮れた毛呂山の住宅地は静か。街灯も少なくて暗い。300メートルくらい離れた所を走る東武越生線の電車の走る音が聞こえてくる。何か懐かしい。

 屋根下の防犯灯の点灯試験は完了。自分で設置しておきながらあまりの明るさにビビッてしまったよ。ただ、前の訪問時に陽射しを受ける位置にソーラーライトを移したんだけど、相変わらず一方は点かない。故障かな。場所を変えてみてそれでも点かなかったら仕方なし。それくらいの方が却って自然で良いかも。

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 毛呂山荘を出たのが19時48分。いつものように台湾料理の福順さんで軽く一二杯と思ったら、電車の接続まで時間がない! 1本逃すと帰宅が23時を回ってしまう。駅に向かう途中で救急車の搬送シーンに出くわす。怒声が聞こえ警察官もいたので事件かな。

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 くたびれた割りにどうも締め括り感に欠けるので、SEKIというスーパー並に大きなドラッグストアで軽く一杯。おつかれさまー 冷蔵ケースに入っていたけどちょっと温かったよ。

 おしまい

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※パピヨンちゃんの里親さん募集します

 健康で毛吹きも良い甘えん坊の6歳の女の子です。カラーは黒と白。家族同様に迎え入れてくれる方を探しています。里親さんになっても良いよという方は、コメントでお知らせください。お待ち致しております。

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 サモエドのファーギーちゃんが行方不明です。埼玉近郊にお住まいの方、どうか捜索にご協力をお願いいたします。soon 詳しくはサモサモ日記へ。

※「城とにっき&はっか総覧」の記事 2016年10月16日更新分 は → ここ をクリックしてください。

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コメント

なんとなく、こういった遺品整理が回ってきたのも
何かのメッセージなのかな?と思いますね。
整理しなければ感じられなかったことがたくさんありますもんね。
これみつさんの記録を読んでいるだけでも
あ~こんな生活をしていたのかな~
なんて思いをはせたりしますもん。
きっと整理しているそばで一緒に見ているのかもしれませんね~。笑

投稿: マチコ | 2017年5月 6日 (土) 23時05分

>マチコさん

そう言っていただくととても励みになります。ありがとうございます。

遺品整理って業者に頼む人が多いですが、本人が忙しいからだけでなく、遺品に込められた近親の感情と必要以上に同調してしまって疲れてしまうからなのかもしれませんね。実際、曽祖父の生きていた時期と重なっていたのは4年間だけで、自分のリアルな記憶にはないんです。そうした客観的な関係があるからドロドロな資料も含めて捌けたのかとも考えます。まさに、マチコさんに言っていただくようにお前がやるんだよ、ということかもしれません。

奇特なりと曽祖父が見てくれていたのならばもうちょい頑張らなくてはですね。ニッキも連れてきてもらおう(笑)

投稿: これみつ | 2017年5月 7日 (日) 09時14分

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