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毛呂山庭仕事(15)

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 白夏と遊んだ次の日も毛呂山へ~

 なんだか疲れが溜まっていたので、毛呂駅から歩かずに次の越生駅まで八高線で行って、東武越生線に乗り換えて最寄りの武州長瀬駅まで出る経路にした。

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 越生は梅林で有名。マンションの壁面にも梅の花があしらわれている。

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 駅前はそんなに賑々しくなく歴史のある町という感じがする。ちょっと山に入ると温泉も湧いているので車で来た時にでも立ち寄ってみたい。

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 武州長瀬駅から毛呂山荘までは歩いて8分ほど。意外と近い。行く手に子ネコがお散歩ちう。

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 家ネコもお散歩ちう。ちょっと警戒しているな。

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 日当たりの悪い一画。雨の後など廃材を運び込んだ跡がジメジメして不快害虫の温床となりそうなので、メンテナンスフリー化のための作業を行う。

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 腐食した段ボールの残骸やコンクリート片、小石などをできる限り除去。結構根気のいる作業。

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 家の中に入って室内作業。茶道具の入っている木箱を整理していたら茶器を包んでいた新聞紙が古い! 大叔母たちも開梱して中身をチェックしていなかった物なのだろう。包まれていたのは取り立てて価値のない茶道稽古用の雑器だったけれど、使い込んだような感じではなく新品同様だった。70年もの間忘れ去られたような状態に置かれてさぞ侘びしい思いがしたことだろう。

 つづく

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※ネコの里親さん募集します

 我が家に居着いている長毛のパフです。かわいいですよ。

※パピヨンちゃんの里親さん募集します

 健康で毛吹きも良い甘えん坊の6歳の女の子です。カラーは黒と白。家族同様に迎え入れてくれる方を探しています。里親さんになっても良いよという方は、コメントでお知らせください。お待ち致しております。

※捜索のお願い

 サモエドのファーギーちゃんが行方不明です。埼玉近郊にお住まいの方、どうか捜索にご協力をお願いいたします。soon 詳しくはサモサモ日記へ。

※「城とにっき&はっか総覧」の記事 2015年11月29日更新分 は → ここ をクリックしてください。

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コメント

ぅわー! この新聞、凄いですねーΣ(゚Д゚)!!
よく「戦時中の記憶を…」的な特集で見掛ける
「実際には惨敗だったのに、国民には勝利したと伝えていた」というアレですね。
わたしも、祖母の遺品整理をした時「學」等の旧漢字で書かれた書類なんかを見て、教科書や本の中の世界が、遠い昔の半ファンタジーではなく、急に現実であることを実感したりしました。
考えてみれば、新選組が闊歩してた150年程前なんて「お祖母ちゃんのお祖母ちゃん」程度のごく最近なんですよねー。
(まだ新しいだけあって、函館の碧血碑に行った時には憑いてこられちゃって大変でした(^▽^;))

歴史を見てきたお茶道具、素敵ですね。←いや、新聞紙に包まれてたから見えてないか(^^;)
講習時、朝イチの時はお抹茶で頭を目覚めさせていました。
わたしの盆略点前用の茶箱は、4年程留守にしていた間に何故か消えていましたが(T_T)、
そのお茶道具、これから活躍できたら、きっと大喜びしてくれますね♪

投稿: 小もも | 2015年12月 7日 (月) 06時30分

>小ももさん

長い間大叔母の家を整理していると、幼くして労咳で亡くなった子どもたち(自分から見ると大叔父・大叔母ですね)の霊位なんかも出てきて(可児の家は廃仏毀釈の吹き荒れた苗木藩だったこともあり神道だったようです)急に寂しい気持ちになってしまうようなことも多く、ここまで片付けるのに精神面であれこれ大変でした。もっともこんな中途半端な状況で憑かれたら先に進めないので憑かれることもなかったかなと思います。整理の途中、金歯の残骸やら、プレミアペコちゃんやら500円玉がぎっしり詰まった缶を貰いましたので、お小遣いくれたんだなと思ってまた頑張りましたけど。でも金歯以外は売っていませんよ。この前大叔母の納骨に行ったら、高祖父の母(実母なのかどうかもよくわからない時代ですが)の生年が天保時代だと記入されていて、本当に江戸時代ってちょっと前なんだなと思いました。太平洋戦争が始まってから自分の生まれた年の倍以上の長さを生きていることにも改めて感じ入りますね。

骨董っぽいモノは、大叔母たちは目利きじゃなかったようで、まあガラクタですね。書画も文晁の贋作や義理で買ったような軸が数点、真筆は高祖父の恩師の嘉納先生のものくらいかもしれません。陶器の中に数点面白い物もありますが、売れるような物ではないことは素人目にもわかります。ただ、そうした日常品をきちんと飾り、収蔵しておけるような豊かさには憧れますね。

投稿: これみつ | 2015年12月 7日 (月) 10時14分

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