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指、顛末


 指の腫れが引いてきた。普段は傷の治る過程などにそれほど気を配っていないのだが、今回はどのようにしてパンパンになった部分が元のように戻っていくのか、痛みの程度がどのように緩和されていくのかを丁寧に追跡してみた。痛みというのはなかなか正確に記述できないものだが、これを客観的に表現する方法として、「~ができなかったのが~できるようになった」という方法が適切かもしれない。噛まれた当夜は、まず回転式の瓶詰めの蓋を開けることができなかった。手のひら全体に痛みが広がるのである。タブレットのペンも持てなかった。必要に迫られて一通だけ宅急便の荷送り状を書いたが、これ誰の字?と思うくらい情けない字だった。何ができたかと言えば、辛うじて、右の手の親指を除く4本の指で不完全なタイピングができただけである。ただし、そんな日に限ってNTTコミュニケーションの回線大障害。タイピングができても意味はなかった。それゆえ友サモの安否に関する情報を取得しようとして操る携帯も左手。車の運転中は腫れがピークに達する前だったので良かったけれど。汚い話だが、右手ではお尻も拭けず、ドアのノブも回せなかった…。ニッキの足も左手で拭く。

 今は余程力の加わる作業でなければ大体のことはできる。見た目はそれほど変わっていなくてもこの観点からかなり回復したことを実感できる。ホースリールも回せるし、ニッキの首根っこを押さえることもできる。チョークも持って仕事ができるし、車も大丈夫だろう。出血している時には塞がったほうが好都合のように思えた傷口も、親指の腹に熱と一緒に溜まった膿を排出するために最小限の穴が開くようにできている。お医者さんに行って傷口を切開してもらって包帯を巻いてしまえば安心できたかもしれないが、こうして体の一部が復調していくのを観察すると、実に人体(生命体)というものが良くできていることに感嘆する。それもこちらから何を指図することなくこの複雑な営みが全自動で完結されていく。つい過小評価しがちな自分自身の価値を、こんな些細なできごとから思い直す機会が得られる。生きているというのはすごいことだ。

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