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仕事納め


 あと1コマで今年の授業も終わり。けれども、本当に一区切り付くのは来年の2月の結果が出てからである。子どもたちはもちろん、我々講師もそれまではそわそわした状態が続く。

 とはいえ年末と年始は、あまり頑張りすぎないで、疲れきった身体と頭を休め、心機一転の機会としてもらいたい。

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これみつ家七不思議


       落ち葉を集める池

 すぐ近くを国道と駅前通りが走っているために、秋から冬にかけての風の強い日には街路樹の落葉が屋上に舞い込んでくる。春から夏にかけては、殺虫剤等の農薬が使われている可能性もあるので、ニッキが遊び半分で食べることのないように気を付けている。枯れ葉が目立つようになると、それらを箒で掃き寄せ、ちりとりに集めてビニール袋の中にしまうのだが、葉っぱは軽く、屋上のあちこちに散っているために、ちょっと風でもあるとちりとりから吹きこぼれてしまうといったように、この作業は結構面倒なのだ。

 だが、今年はそれがかなり楽になった。というのも、ニッキのための水遊び用プール「洞爺湖」の中島として伏せて使っていたプラスチックの池を邪魔にならないところに置いておいたところ、風の流れの偶然の作用で枯葉を自動的に集めてくれるようになったからだ。どのような仕組みかはわからないが、池の中とコーナーに自然に枯れ葉が溜まってくるので、あとはそれをビニール袋に詰めるだけで済む。便利になった。ちょっと気の利いた頭を持っている人ならば、「自動枯れ葉集積装置 かれ葉くん」などと名前をつけてお金儲けに結び付けられるのだろうが、取り敢えずは自分の日常がほんの少しだけ便利になったことに感謝することでよしとしたい。

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あれよあれよ


      相模原も結氷(mpeg動画232kb)

 あれよあれよと言う間に今年も残すところ3日となった。本来連続している時間が、年月週日時分秒と区分され、相当のへそ曲がりでも一応その基準に従って行動しているけれど、考えれみればこれほど壮大なフィクションはないかもしれない。時間はたしかに存在するのだろうが、その人為的な区分に過ぎない「年」などという実体は本当は存在しないのだ。これを認めなければ、誕生日ごとに歳を取ることの気鬱さからも解放されるというのに…。

 それはさておき、だらしなく過ごした者にも、気を張って生きてきたものにも、クリスマスの盛り上がりを合図にするかのように、全世界的に年末と年始という区切りは訪れる。1年の総決算、禊、後悔、反省、心機一転…。様々な思いがこの数日に込められるのだろう。形ある物であれば古くなったものを捨てて新しいものを求めれば良い。だけれども、時間というものは一方的に経過していくだけで、更新といったものが実際にあるわけではなかろう。ちょうど、人間が若返っていくことがないように。

 それでも、人間は、復活と再生を期待するのだろう。今年こそは、去年の過ちを繰り返すまい、と。冬至を境に少しずつ長くなる太陽の活動時間になぞらえて、年という単位で時間までをも擬人化したに違いない。本来は自分自身の内部から湧き上がる意欲と渇望が自己変革の機運でなければならないはずだが、新年の到来という大きな仕掛けがそれを手助けしてくれるのだろう。やるだけのことを整えて、新年の与えてくれる溌剌としたエネルギーを信じてみよう。存在するかしないかということが問題なのではなく、新年というものをどのように受け取るかが各人にとって大切なのだと思う。

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雪が降らない


 昨日から今朝にかけて、東北・北海道はもちろん、関西や神奈川県内の一部でも相当な積雪があったというのに、ここ相模原周辺はまったく雪が降らない。昨年などは車もとうにスタッドレスに履き替えていた。家の中で雪が降るのを眺めているのは風流だが、積雪の中を通勤や買い物に出なければならない時には、とりわけそれがシャーベット状になっているような時にはうんざりするのも同じ雪に対してである。関東の雪はすぐに汚されてしまうのが切ない。だけど、わずかの間に汚れて消えてしまうような雪であっても良い。ニッキのためにたまには降ってくれないかなと願うこともある。



 ハッキリと目視できる山々の山腹に見えるゴルフ場には十分な積雪があるようだ。こんな日にはゴルフ場を開放して1日ドッグランにしてもらえたらいいのだが…。普段と同じ距離にあるはずの丹沢や甲信の山々が雪化粧すると、空気の澄んでいる日には間近に迫って見える。ニッキと自分が同じ方向に黙って視線を注ぐ。その時間が非常に快い。似たような気持ちで同じ風景を眺めているに違いない。

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冬期スタート


 本日から冬期講習。預かりノートの返却、直近のテストの成績の確認、21日実施分の特別講座の添削、講習の予習、年明けのスケジュール調整、キャビネット内の整理などなど、細かな仕事を連続して処理しなければならないので、実際の仕事量以上に疲れてしまう。自分自身の記憶力や注意力が不足している分、PCやPDAのリマインダーがアシストしてくれるのだが、仕事の処理自体は自分でやらなければならない。どうせならマンガのパーマンに出てきたコピーロボットみたいのが自分の代わりに働いてくれるといいんだがな、と思う。そんな状況で今年の卒業生が遊びに来てくれてもゆっくり遊んでいる時間もなかった。「先生、いつ暇?」と聞かれたが、残念ながら2月まで暇はない。とにかく入試直前期はてんてこ舞いなのだ。

 仕事が終わって教室を出て自転車に跨り、ダイエーで買い物。クッキーさんでいただいたトートバックをぶら下げて片手運転で家に戻り、階段をどっこらしょと上って、やっとこさニッキの笑顔の出迎えを受ける。不在中家に立ち寄った弟が置いてくれたのだろう。机の上に本日の夕刊と配達物が置いてあり、そこには少し前の年賀状の宛名書きでも見慣れた名前があった。サモ友からの嬉しいプレゼントだ。ニッキのお蔭でいろいろな方と知り合え、様々な善意に恵まれることができた。ニッキにも感謝しなければなるまい。

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他人になったつもりで


 サモ友のKさんのBBSに以前こんなことを書き込んだことがある。同じサモエドでも、飼い主さんが撮るのと他人が撮るのとでは随分と雰囲気が違って感じられる、と。

 ことの発端はこうだ。Kさんのサイトにある画像掲示板で見た関西のサモエドD君は、D君のオーナーさんであるDさんのサイトで普段拝見するのとは雰囲気が違って見えた。簡単に説明できないが、いつものテディベア風ではなく、狼顔っぽいシャープな感じに見えたのだ。たしかにそれはD君なのだが。

 Kさんの画像掲示板にそのD君画像を貼ったのはサモ友のVさんだったのだが、それはオフ会でVさんがD君を撮影したものだ。撮影者によってこんなに違って見えるものかと驚いたものである。

 もちろん、自分がニッキの写真を撮っても、アングルや光の当たり具合によって意外な写真が撮れることもあるが、無意識にニッキを撮る心の姿勢が固定しているようで、ちょっと変わった写真が撮れてもせいぜい、親戚の誰々ちゃんに似ているという程度の誤差の範囲かお笑い画像だ。ニッキの違ったというより隠れた表情を、いつもの環境の中から何とかして彫り出してみたいと、今日はそんなことを考えながら、「他人」になったつもりで、初めて出会う白い犬として撮ってみた。表題の画像がその成果なのだが、これでもまだいつものニッキらしく見えてしまうだろうか?


 う~ん、やっぱり、見えてしまう。自分を離れての心の置き方の難しさを感じる。

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クリスマス特別補習


 今日は授業がなかったのだが、生徒からの申し出があったので、教室に出向いて特別補習をやってきた。お仕着せでする補習ではなく、彼らからの自発的な希望というのが心地よい。普段の授業より明るかったような気もする。

 留守番をしてくれたニッキのために、ダイエーで半額シールの貼ってある2本入りのローストチキンを買って帰った。今夜の分が1本、明日のために1本。肉の部分を切り分けて、残った骨の方が自分の取り分だ。

 生徒たちとニッキのサンタになれれば嬉しい。

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天皇誕生日


 神奈川県とくに相模原は米軍基地が多いこともあってか右翼が多い。反ソ(露)、反朝というのならスッキリと理解できるのだが、日本が一番でなければまずいので、「反米」というのも右翼のポリシーの基幹を成しているようだ。その辺りは難しい。

 今日は天皇誕生日ということもあって街宣車の活動が盛んになるかと思っていたのだが、隊列も組まずサイレンも鳴らさず、駅前交差点の封鎖もなかったようで、例年に比べて大人しいものだった。もっとも、「右翼らしさ」も譲れないポリシーなのか、BGMに軍歌を流し、戦前のニュースのような一本調子の語り口は相変わらずだったが、10分程度内容が聞き取れる程度の音量で今上天皇の古希を寿ぐ演説をして引き上げていった。相応の品格が保持できなければ、奉祝すべき対象に迷惑がかかることも考えて欲しい。少なくとも、天長節の祝言と共産党の事務所の前で罵詈雑言のシュプレヒコールを同時にやるというのはいただけない。

 政治的な底意があるわけではないが、勤皇思想の強かった美濃苗木出身の曽祖父の時代から我が家はどちらかと言えば保守的で(その分「自由主義的」だった祖父は、曽祖父に監獄に入れられてしまうほど反動的だったが)、天皇制存置にアレルギーはない。だが、こういった問題は無理やり押し付けるものであってはならないと思う。街宣車で強圧的にがなり立てる行為がどれだけ天皇制へのイメージダウンになっているのか本気で考えて欲しい。

 聞くところによれば、ディーゼル車の排ガス規制のため、右翼団体が大型車の運用ができなくなっているとのこと。不景気の影響は意外なところにも現れているようだ。姿を隠して報道機関や反対勢力に銃弾を送りつけるような卑劣な真似は困るが、弱気を扶け、強気を挫くような、真っ直ぐに市民の支持を得られるような直接行動をして欲しいと思う。初めから嫌われ者であるという前提の下に、恫喝と嫌悪というマイナスエネルギーを揮って行動するのではなく、国家のために、善良な市民のために本当に役立つ存在になろうという団体は生まれないのだろうか。引ったくりやコンビニ強盗の多発するこの地区で、自警団でも組織して犯人を制圧してくれたらずいぶん違うだろうな、と思うのだが。

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年内最終しつけ教室


      ツイテ!(mpeg動画232kb)

 今日のトレーニングは終始リードを使わないで行った。紫のリードをニッキの腹にきりりと巻くと、「訓練中」という感じでなかなか凛々しく見える。リードがない分、コマンドを出す声にも自ずと気合いが入る。フセ・マテのトレーニングの最中、目の前を通り過ぎて行った犬を追いかけてしまい、厳しく叱らねばならない一幕もあったが、脱走しても人をからかうように「ここまでおいで!」というような逃げ方はせず、マテ!、トマレ!でその場に止まってくれるようになってきた。普段は家の中で自由な分、外、とりわけトレーニングの最中だけは引き続き、けじめをつけたい。すぐ近くをトラックがびゅんびゅん飛ばしているような場所で暮らしていることを思えば、制止コマンドだけは最優先で守らせなければならないだろう。まだまだ、一つ一つの動作が仕上がってきたわけではないが、今まで学習したことを少しずつ、連続動作として定着させていけるような安定性が出てきた。



 ニッキは今回初参加の、プードルのリンゴ君とも仲良しになり、犬嫌いのジョイ君にも挨拶をしてもらえるようになってきた。来年はニッキも4歳。人間で言えば壮年期に入る。優しくて愛らしく、そして賢いサモエドになってもらいたい。

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留守番スペース


 昨日は、父母会から戻って一息付き、フードショップのクッキーさんまでニッキの年越しの食糧を買いに出た。もちろん、ニッキも連れてである。冷え込みは厳しかったが、ニッキは絶好調である。信号で停止する以外は自転車と併走するニッキはギャロップだったが、舌も出さずにリズミカルに駆け続ける。夕焼けにくっきりと浮かび上がった大山が影絵のように美しかった。

 家に戻り、ニッキサークルの改修工事。100円ショップ、ダイソーで買ってきた150円(近頃は150円、200円、300円、400円の品も扱っているようだ)のシルバーのスチールネットを買ってきて、脱柵防止板の高さとカラーを揃えた。〆て840円也。古いスチールネットはリングで繋ぎ、衝立のようにし、そこにネコの爪研ぎシートを張って、壁の保護用とする予定である。

 さて、本日は日曜日の特別講座の最終日。あと1月ちょっとで入試。厳しい冬を乗り越えれば、子どもたちの春はもうすぐだ。

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最終父母会


 午前中から6年生の最終父母会。思い起こせば、この仕事をするようになって最初に父母会で話をすることになったときは非常に上がったものだ。もちろん、今でも自分の「出番」が近づいてくると、頭の中で組み立てた通りの運びで円滑に話すことができるかどうか緊張するが、以前のように熱病のようなのぼせ方はしない。それはおそらく、場慣れしたとか年をとって図々しくなったというような理由ではなく、本当に今、話しておきたい、話さねばならないことが自分の胸の中にたくさんあるようになったからだと思う。

 初めて父母会を引き受けた時は、とにかく「顔見世として」「大過なく」場つなぎができればそれで良いだろうと当初から逃げの姿勢で臨んだためにすでに気持ちの上で負けていたのだと思う。話の内容も不十分なままに、多くの人の前に立つというのは考えてみれば不謹慎なことだ。差し支えないような話をするのだったら、貴重な時間を潰してしまうだけのこと。以来、授業の中で子どもたちと語り合う機会、また、親御さんとの学習相談や受験相談、質疑応答の機会がある度に、時として緊張しながら(子どもの質問であってもその場で悩んでしまうものも多い)、時として打ち解けながらも、相手の言いたいことや疑問をできるだけ正確に掴むべく努力してきた。他方では、自分からメッセージを発信する際にも、話をさせていただく「今」の時点で本当に必要なことを整理してわかりやすく伝えることができるよう、構成や声の大きさ、話す速度などを工夫してきた。その甲斐あって、決して上手いしゃべりではないけれど、必要最小限のメッセージは伝達できるようになったのではないかと思っている。

 ただ、文章と違って、話としての口から出る内容は事後的な推敲ができないという難しさがある。コンテンツとプロセスが同時並行であるという点では、まとまったレポートを仕上げるよりも難しいかもしれない。そして、例年、毎回そうなのだが、終わってみると内容の積み残しがあったり、話し方にも工夫する点が多々あったと、反省すること頻りである。だが、裏返して考えればまだまだ成長できるということでもあろう。謙虚に万事頑張っていくしか上達の道はないだろう。


       また西に行きたいなぁ…

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目ヤニ その後


 2週間ほど前、結膜炎かもしれないと思って獣医さんまに診ていただいたほどに、ニッキの目ヤニが多かった時期があったのだけれど少し落ち着いてきたようだ。今でも右目からも左目からも薄緑色の粘っこいヤニが出ていることもあるが、ティッシュで拭き取ると次の居眠りまではスッキリとしている。

 大体シャンプーをしてもらった時期あたりから目ヤニが引いてきたということは、ニッキのコートに付いていた埃とか花粉とかが元で炎症を起こしたのかもしれない。だが、今までだって外で遊んだり走ったりしているはずだ。真っ先に疑って掛からなければならないのは、野外での生物学的な汚れではなくって、主に家の中の化学的な汚れの方かもしれない。家を建てる際には毒性のある接着剤や新建材はできるだけ使わないように心がけたのだが、洗剤や殺虫剤などの持つ潜在的毒性は耐性のない敏感な肌には脅威であろう。ゴキブリ除けのホウ酸団子などがニッキの行動半径に転がっていないか、小バエが飛んでいるからといって、無造作に殺虫剤を噴霧したりしていないか、ニッキと自分の周辺環境をもう一度点検してみたい。

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年末の仕舞い


      あ~あ(mpeg動画232kb)

 年賀状の印刷作業に取り掛かった。犬友、ネコ友用にデザインしたニッキの画像の出色がちょっと飛んだような色合いになってしまったが、辛うじてニッキらしさは出ているだろう。一般向けの賀状の印刷は明日を予定。PCの処理能力が向上したため、印刷しながらネットも開けるし他のアプリも動かせるのはありがたい。心配なのは印刷途中のインク切れくらいか。

 10年以上前に、巨人IBMが「マルチタスク」を銘打ったPCを世に出したが、バックグラウンドを意識しない本格的な並行処理ができるようになったのはここ1~2年のことではないだろうか。データをDVDに落としながら印刷を行い、さらに表計算ソフトを起動。その合間にネットを閲覧し、メールの返信を行う…。自分としては、その程度に至って、初めてPCを使うことの意味が生まれるように思う。前の機種(現予備機)では、HDがコリコリいう音を気にしながらPCを気遣っていたっけ…。時代は気付けば進歩している。それにしても再来週の木曜日は元旦か。

 仕事に出るついでに、クリーニング品を出しに行った。10年ほど来た冬物のスーツに知らない間に穴が空いていた。知らずにいて、生徒に見つかったら笑われてしまうところだった。よく見るとポケットの口も擦り切れ、色落ちしている。かけはぎを頼んでも、すぐに他が傷んでしまうだろう。クリーニングには出さずに捨てることにした。長く着たものだけに捨てにくいのだが、取っておくのも未練だ。人の体への密着の度合いが大きいものほどつまらないものでも捨てにくい。体どころか自分の心と一体になっているはずの犬やネコを平気で捨てるような人間はきっとどこか壊れているのだろう。

 年末のゴミや古新聞回収の日付にも気を付けないと、大変なことになる。あとはニッキの食糧の確保も。さて、どっさりたまったノートをチェックして朝刊を配達するバイクの音を聞く前に寝よう。

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食事


      もっときれいに食べてよ

 バランス良く栄養の配合されたフードを食べてはいても、たまに胃が荒れるのだろうか、微量な元素を補給しているのかもしれない。草原に連れ出すと雑草をむしゃむしゃと美味しそうに食む。暫くしてから未消化の草の塊ごと吐くので、単純な嗜好ではなく、やはり薬として摂取しているのだろう。それならばと、ニッキが好んで食べる種類の草を少し刈り取って家に持って行こうとも思ったが、果たして体に良いものかどうか、また萎びてしまったら食べないかもしれない。以前、ネコが毛玉を吐き出しやすくするためにネコの草というのを小太郎とニッキにやったことがあったが、ニッキは根こそぎ、鉢の中の土まで引き摺りだしてぶんぶん振り回し、サークルの中が大変なことになったことがあった。そうかといって、草の部分だけ千切って皿に入れても食べなかった。なかなかに気難しい。


        平城京址で草を食む

 それで、暫くはわざわざ草を与えようとは思わなかったのだが、人間と違って、肉類だけでやっていけるのが犬だと聞いているけれど、自ら雑草を食べようとするのであれば、やはり青いものを入れてやった方が良いだろう、近頃多くなってきた目ヤニも人間であれば肌の荒れのように胃腸が荒れているからかもしれないと思い直し、少し前から、白菜やキャベツ、芋などをフードの中に入れてやっている。芋はそこそこ好んで食べるのだが、青物は好きではないみたいだ。幸いフードの食い付きは良いので、千切りキャベツと絡めて、フードを食べる際に、一緒に青物を食べるように工夫をしている。栄養学的にはナンセンスかもしれないが、ニッキの体調や変化を注意しながらベストと言える食生活を工夫していきたい。ついでに自分の食生活も。

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空がきれいだった


 相模原の地に越して来てすでに20年以上経つ。越してきた当時は単線で、茶色い電車が走っていた駅も今では立派な駅ビルを2つ擁した近代的な装いで生まれ変わり、銀色のスマートだが無機的な電車が行き交っている。

 人口も60万人を突破した相模原。取り立てて名所や旧跡もない街ではあるが、ニッキと遊ぶ大きな公園があり、また、南に下れば相模川がのんびりと流れていたり、車で30分も走れば湖があったりとそれなりに緑と自然の豊かなところである。まだまだ知らない所も多い。そして、買い物やニッキとの散歩で普段歩いている近場であっても、道を1本入るだけで今まで見たことのないような風景に出くわすことがある。普段知り尽くしたと思われる土地であっても人間は鳥のように「面」で地形を捉えておらず、「線」で移動している。幾千通りもある道筋を無意識に固定して移動しているため、1ブロック分け入るだけで初めて見るような視界が現れるのだろう。

 今日も、自転車で駅前通の裏道を斜めにパスしようとしたら、おそらく30年くらい前から全く変わらない姿を保ったままなのではないかと思われる広い空き地があった。敷地には立て札が立てられ、周囲を鉄条網で囲んであったのだが、高圧線の真下にあったことが幸いして乱開発を免れたのかもしれない。我が家から目と鼻の先を通過する東京環状線を挟んで100mくらいのところだろうか。少なくともニッキが大声で吠えればはっきりとその声をキャッチできる距離である。



ビルのコンクリートやタイルの壁を通して見る空ではなく、緑と木の枝を通して見る空は美しかった。公園のように整然としたものではなかった分、自然本来のエネルギーが溢れていたように感じられたのかもしれない。道路だけでなく、生き方というものもまた、ほんの少し脇道に入ってみることで大きな驚きに突き当たるかもしれない。日常のこうした事件はそんなヒントを与えてくれているような気もする。

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迷惑メールは気がメール


 買い換えたばかりの携帯に海水浴させてしまい、また同じものを買う破目になってしまったという顛末はここにお越しの方であればご存知のことと思うが(10月8日の日記を参照)、もともと新しい携帯に買い換えた理由の一つはこの不正メール対策だった。今も携帯電話にはしつこく迷惑メールが送られて来るが、それほど気にならなくなった。

 自分の携帯のアドレスはいたってシンプルで、姓名をシンプルに並べたものだ。それゆえ忘れにくく、メモに書いてすぐに手渡すこともでき、気に入っている。ただし、その分不正メールの攻撃に執拗に曝されることとなる。この点、Docomoは不正・迷惑メールの送信者にペナルティを課したり訴訟を提起する等積極的な措置を取ってくれたため、その時を境として不愉快なメールが一挙に減ったのだが、KDDI系のauは事実上不正メールを野放しに近い状態のままにしていたため、au系のドメインを付した不正メールは続々と送られ続けて来た。それまでもDocomoのiモードサービスの一環として指定ドメインのみ受信を許す「ドメイン指定」を使っていたのだが、知り合いにauの携帯を使っている人が多いために、已む無く不正メールも引き受けることになっていた。

 迷惑メールの通報をauのサイト宛てに何度もしてみたが事態はまったく改善されず、業を煮やしていたところ、Docomoが新サービスを始めた旨、毎月送られて来るパンフレットで知った。それは、携帯端末に送られて来る以前のサーバー上の段階で受け取りを許可するか否かを決められる「選択受信」なるサービスで、「削除」とすることにより、相手方には「送り先不明」として返送されるものだ。ただ、これを利用するには端末の機種が505iという形式以降のものでなければならず、以前の機種(D251is)では利用できなかった。そんな動機で買い換えた現在の機種(S505i)は、不正メール抑制機能というどちらかといえば消極的な理由で気に入っている。中には友人を装った巧妙なメールもあるが、大体そういった後ろめたいメールのアドレスは後ろめたそうな無意味綴りになっているので、すぐさま削除とする。本来は、そういった輩に過大な罰金を課すなり、氏名を公表するなりといった根本的な対策が必要だとは思うのだが、各自が防衛手段を講じることで、不合理なコストパフォーマンスに業者が耐え切れなくするというように、餓え殺しにしていくという方法もある。

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風邪用心


 もともと気管支が丈夫ではない上に、コホンコホンと咳をする子どもたちから風邪を引き受けざるをえないような環境で働いている。子どもたちにも、うがいと手洗いを励行しているのだが、学校でも指導をされている割には形ばかりのうがいで済ませてしまっている生徒が多いようだ。実際のところ自分も体調が良い時にはあまり丁寧にうがいをしない。ちょっと喉がむず痒いようなときに初めてガラガラと念を入れてやることになるのだが、もうこんな時は風邪を貰ってしまっていることが多いようだ。風邪の予感とでもいったものを体が独自の総合的な感覚として記憶している。ニッキの夜の排尿を済ませてから風邪の症状に合わせた漢方薬を飲み、カボス100パーセントジュースを少し多めに飲んでから入浴して体を温め、時を移さず布団に入る。髪の毛が濡れたままだとそれも良くないようなので、十分に乾かさなければいけない。とまあ、これがかかったかなと思ったときの対策だ。昔は冬の昼間に風呂に入っても風邪を引くことなどなかったのだが、近頃はテキメンだ。歳をとったのかもしれない。

 近頃、顔を合わせていなかったネコの千鳥と久しぶりに会った。元気そうだったが、すぐ近くまで擦り寄って来てはくれなかった。人間に意地悪をされたのだろうか。できれば、捕まえてお医者さんに連れて行って健康診断を受けさせてやりたいのだが…。

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お洒落グッズ


         四つ耳ニッキ

 ニッキは被り物やアクセサリーの類が嫌いである。帽子もサングラスも「イヤだよ!」とすぐに振り落とす。レインコートなども着せる時には暴れて大変である。かつてトランクスを履かせたり、Tシャツを着せたりとウケそうな写真を撮ろうと思って何度か仮装をと試みたが、うまくいかなかった。小さい時からそうだった。今では蚊を避けるためのハーブを仕込んだ赤い首巻とバンダナくらいであれば身に付けてくれるけれど、フカフカのコートの上にさらに何かを身に帯びるというのは、不快なのだろう。

 そもそも、サモエドは神様から生まれながらにして真っ白なコートを授かっているのだから、何が何でも衣装を身に付けさせようとするのは単純にこちらのワガママである。ヤツの立場に立ってみれば迷惑この上ないことだろう。それはわかっている。そしてまた、リードも、できれば首輪すらもなしで走り回っている姿というものにも美しさを感じる(首回りがモコモコなので首輪は埋没して見えないが)。ただ、逆に真っ白のコートだけに、ちょっとしたアクセサリーが素敵に際立つ。たとえば、頭に、落ちている季節の花びらをくっ付ける。また、ある場合には首にぶら下がった青虫でさえ鮮やかなアクセサリーに見えた。

 寒さに弱いわけではない(むしろ強い)。何も付けなくても十分に魅力的である(親ばか)。が、年末年始、そしてサモエド仲間を訪問するときのためにちょっとばかりお洒落をさせたい。飼い主の見栄・勝手だということを承知で…。ということで、何とかニッキが我慢してくれる程度のアクセサリーをCookieさんに注文し、それが本日できあがった。お店で衣装合わせをして、家でも年賀状用に何枚か撮影をした。ニッキの方でも「しょうがないな…」と妥協して、できれば喜んでくれていると良いのだけれど。

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ご都合主義


 昨日も相模原は寒かったが、今日は一段と寒さが厳しくなってきた。ニッキを連れて屋上に出る時は息を詰めて懐手である。毛細血管がブチブチ切れてしまうのを防ぐようなイメージでゆっくりと息を吸う。それにしてもしんしんと冷え込む。

 わずかな変化を捉えてこんなことをいうのも何だが、地球温暖化なんて嘘なのではないかと思ってしまう人は結構多いのではないか。そして、もしかしたら現在、ちょうど第5氷河期になろうとする時期で、人間の不始末としての二酸化炭素排出がちょうどそれを緩和しているのだ、などという思い込みは罰当たりだろうか。少なくとも真っ直ぐに環境問題に取り組んでいる人から見れば冗談であっても不愉快な考えだろう。たしかにお気楽に過ぎよう。ただ、自身の生活の中にも結構予測もしていなかった怪我の功名的事態があったことを思えば、それを人類全体の話として比喩的に考えてみるくらいなら許されるであろう。正しいと信じて多くの過ちを犯してきた人類だ。現在の正義を過信することも危険だし、過ちだと思ったことがもしかしたら効を奏しているということがあったっておかしくないではないか。少なくとも人間には未来のことはやっぱりわからないのだから。


    みらいもたいせつ いまもたいせつ

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会議そして仕事 雑想


 いつでもどこからでも知人、とくにサモ友のBBSに書き込んでいる自分なのだが、今日は新横浜の本部まで出て3時間ほどの説明会があり、その後いったん家に引き返してニッキの排泄を済ませ、また普段の教室に仕事に出る…という落ち着きのない1日だったのでBBS上から姿を消していた。それでも移動中の電車の中は退屈なので、しっかりと携帯から入ってどんなカキコがあったかだけはチェックしてしまう。ネット世界への接続が便利になった分、軽い中毒症状に陥っているのかもしれない。気持ちの切り替えには強い意志力が必要になったものだと思う。

 「ユビキタス時代」が本格的に到来したら、現在でも新幹線の運転席で写メールする運転士や、授業中にメールをやりとしりている学生がいるくらいだから公私の時間の混交というものが現在以上に大きな社会問題になるだろう。もっとも、道具が社会構造を変えていくという面を真正面から認めることもまた必要かもしれない。話は飛ぶが、携帯が手元にあればちょっとした調べ物はできるし、逆にこちらから情報を提供することも出来る。今では110番通報もメールでできる(さりげなく事件を通報するのには便宜だ)。普通に調達のできるこうした情報ツールをどれだけ自在に使いこなせるかが、その人の能力として評価されるような時代も来つつあるようだ。その人間のオフラインとしての能力とオンラインとしての能力とでも言えば良いのか。単体ではしょぼい人間が、他の人間との絡みでは俄然特殊な才能を開花させるということもままあろう。従来であればネット上のヒーローはただの暗いヤツに過ぎなかったかもしれない。ユビキタスの概念からウェアラブルコンピューターが普及し、また別途人体改造がそれほど違和感なく受け入れられるようになって、コンピューターが体の一部として常用されるに至り、気が付けば人はサイボーグとなっている。そんなブラックな話も妙な現実味を持ち始めているような気がする。携帯を持ったまま風呂や海に入れるようになったらその実現は目前だろう。

 本部では以前の会議で些細な行き違いのあった方とも仲直りできたし、仕事が終わってから近所のラーメン屋「おやじ」でうまい味噌ラーメンを食べることもできた。雨が降ってきたので、自転車を駅ビルの駐車場に置いたままにしてきてしまったので、明日は自転車で仕事場まで行けないが、まずまず実り多い日だったと思う。

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PC障害


 仕事から家に戻ってPCを立ち上げたところ、「ご不便をおかけします。…Generic Host process for Win32を終了します。」というメッセージが出て、ネットへの接続ができない状態となってしまった。メールの授受はほぼ同じ通信環境となっている寝室の予備機がバックアップしてくれているので最悪の状態は避けられたのだが、最新のメインマシンの不具合は少なからぬストレスを受ける。もしかするとわけのわからないウィルスに罹患してしまったのだろうか…。空腹と相俟って心細くなる。

 数度の立ち上げで同症状の再現を確認。XPで困った時の常套手段「システムの復元」機能も効を奏さず、途方にくれる。忌まわしくも腹立たしい警告メッセージはどのタイミングで表示されるのか。1時間近くかけてローカルディスクのウィルスチェックを終えた後。缶ビール片手に起動プロセスをチェック。PC前に何とまあムダな時間を空費しているのだろう…。正常に回線に接続した後、ウィルス検知ソフトのインジケーターが点滅してすぐに異常を告げるメッセージが立ち上がるので、原因はウィルス検知ソフトかもしれないと考えてアンインストールしてみた。推理は的中し、今度は無事に立ち上がってくれた。とはいえ、外部から裸同然の状態というのも怖いので、前に使っていた検疫ソフト(念のため取って置いてよかった)を再インストールしてマイクロソフトのファイアウォールオプションをONにしておく。

 今回悪さをしたウィルスソフトは販売権を巡ってのトラブルから自社のシェアを維持するための無償提供版といったもので、前に使っていたものに比べて何だか頼りなかったが、一応セキュリティシステムもオマケとして付いており、何よりも1年間以上無料というのに釣られてそそくさとインストールしたものである。ネットに繋がってから早速その会社のサポートにメールを出そうとしたが、サーバーエラーになって繋がらなくなっていた。おそらく同じような症例が多発したのだろう。こちらはユーザだから何とでも文句が言えるが、こういうトラブルの場合、開発の仕事というのは大変だろう。大規模な障害となってしまったら、休暇であっても、山中の露天風呂に入っていてもすぐに現場に呼び出されてしまうのだろう。う~ん、同情はするものの、やっぱりキチンとしたシステムを作って欲しい。皆ストレスは避けたいのだ。

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シャンプー


 昨日はトレーニングの後、年末年始のおめかしを兼ねて、シャンプーしてもらいに、近所のトリミングサロンFootStampに行ってきた。開店してから早くも3度目の利用になる。毛の多いサモエドはトリマーさん泣かせだと思うのだが、最初から嫌がらず、それどころか大歓迎してくれたので、ニッキのシャンプーはこちらにお願いするのが常となってきた。料金も10000円かからない。以前から利用している車で10分ほどのところにあるコジマさんの中にあるサロンも悪くはないのだが、車での送り迎えが面倒なのとなかなか予約が取れないという点が面倒臭い。あと、ここのお店の良いところは表の道路、そしてお店の中からシャンプー途中の愛犬の姿を見ることができることである(画像参照)。まあ、これには一長一短があって、中から飼い主の姿が見えてしまうとシャンプーしてもらう犬の側が落ち着かなくなってしまうということもあるのだが(ために、お願いしたらすぐに店を辞去するようにしている)、文字通りのガラス張りで、シャンプーやカットをどんな感じでやってもらえるのかを直接見ることができるというのは大きな安心である。たとえば、トリマーさんにしてみれば、犬が暴れたような時に、力を入れて拘束しなければならないということもあるだろうが、見えないところでの作業というのはどうしても疑心暗鬼を招いてしまうものだろう。

 クッキーさんや動物病院に行くときには、このお店の前を通るので必ず首を傾いで、今日はどんなお客さんがいるのかなと覗いてしまう。近頃は次第に地域に根付いて流行ってきたようで、トイプードルやテリアのお客さんがトリミングテーブルの上にチョコンと乗っているのをよく見かける。ニッキのような図体のでかいやつがテーブルの上でドライヤーをかけられているのはどんな感じだろう。今度こっそり見てやりたい。わが町相模原には、クッキーさんを初め、本当に犬が好きな方のお店が増えている。店員と客という関係ではなく、共に犬を愛する者同士のコミュニティとして育って行くことを期待したい。シャボンの匂いを漂わせて、お店のシーズー君と遊ぶニッキを見ながら、そんなことを考えた。

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